上間常正 @モード

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

もうコロナウイルスの話はたくさんだ! とは言っても、外で下手に憂さ晴らしをすればコロナに感染してしまうかもしれないし、実はすでに感染していて人にうつしてしまうかもしれない。しかしいま必要なのは、部屋に閉じこもってコンピューターゲームをしたり動画を見たりすることではなくて、上手に外に出かけて、楽しんだり考えてみたりすることではないかと思う。

そんなわけで、外出の一つの例としてファッションに関係した展覧会を、前回に続きもう一つ紹介したい。

【トップ画像は、「移り行く姿」(左隻)高畠華宵筆 昭和10(1935)年=山本倫子撮影】

約300件もの出品作で時代をたどる

東京?上野の東京国立博物館平成館で開かれている特別展「きもの KIMONO」は、小袖を中心としたきものや小物類、関連資料など約300件の出品作で、和服文化?ファッションの移り変わりと時代の変化の関係をたどっている。そのことで、今がどんな時代なのかを考えてみるヒントを与えてくれる。数百年も前のこれほど美しいきものが多く残っているのも世界的にまれで、それだけでも見るに値するのだ。

会場に入ってまず目に付く3点のきものの一つは、白茶の綾地に桐と竹を組み合わせた細かい模様を一見整然と配した「小袖 白茶地桐竹模様綾」。よく見ると模様は少しずつ変化していて、生への躍動の力を感じさせるような抽象性の高いデザイン性の高さがある。19世紀末のアーツ?アンド?クラフツ運動の先導役となった英国のウィリアム?モリスの壁紙やカーテンなどを思い起こさせるのだが、この服は石見国(現島根県西部)の武将?益田宗兼が、将軍足利義稙から武勲の功として贈られた服で、モリスより300年も早いのだ。

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

重要文化財 小袖 白茶地桐竹模様綾 室町時代?16世紀 東京国立博物館蔵

小袖は平安時代の頃から下着だったのが、だんだん表に出てきて江戸時代には男女とも着る最も一般的な表着になった。今の「きもの」もこの形だ。このきものは、下着から表着への変化の明らかな結果を示している。そして貴族社会から武士社会への時代の変化をも象徴しているといってよいだろう。

室町時代の「小袖 白練緯地花鳥模様」は、肩と裾の部分を縫い締め絞りで洲浜形に紅色に染め、さらに細かい草木や禽類(きんるい)を赤っぽい色で染めていて、豪壮で明るいイメージ。社会の実権を確かなものにした武士たちの高揚した気分が現れている。それだけではなく、当時描かれた屏風の出品作を見ると、武士以外の町民たちも、同じような明るい感覚の小袖を着ていたことがわかる。

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

重要文化財 小袖 白練緯地花鳥模様 室町時代?16世紀 東京国立博物館蔵 後期展示

江戸時代に入ると、桃山時代までの文様が左右対称で幾何学的だったのに対し、均一性が緩んで大胆な余白も使った豊かな動感が現れ、素材や色も多彩になる。17世紀の寛文小袖の代表作「小袖 黒綸子(りんず)地波鴛鴦(おしどり)模様」は、黒地に肩から幾重にも波のような明色の形が斜めに折り重なり、金色や緑、紅、藍などの糸で刺しゅうした鴛鴦が水辺で戯れている。また見方によっては波がタケノコのようにも見え、遊び心を誘う。

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

重要文化財 小袖 黒綸子地波鴛鴦模様 江戸時代?17世紀 東京国立博物館蔵

17世紀末ごろの元禄小袖、「小袖 白綸子地流水松藤模様」は、斜めに流れる水を鹿の子絞りで描き、カラマツと藤の蔓(つる)を金糸の刺しゅうで表している。豪華さだけではなく、枕草子や源氏物語のころの和歌に詠まれた情景もモチーフになっているというが、デザインの美的な洗練度では寛文小袖より落ちてしまったように思える。

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

小袖 白綸子地流水松藤模様 江戸時代?17~18世紀 東京国立博物館蔵 後期展示

小袖はその後も、絵師?宮崎友禅や尾形光琳らによる「友禅模様」「光琳模様」の絵画のように美しい染め模様の流行や、逆に絵画的な構図から小模様を散らしたミニマルな表現、江戸っ子の粋(いき)を示す火消半纏(ばんてん)など多彩な流行が次々と生まれた。

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

火消半纏 紺木綿地人物模様 江戸時代?19世紀 東京国立博物館蔵

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

小袖屛風 小袖裂 白綸子地橋模様 江戸時代?17~18世紀 千葉 国立歴史民俗博物館蔵 前期展示 ※展示は既に終了

明治以後は素材や技法の近代化によって「モードのデモクラシー」が進み、たとえば大量生産による安価な絹素材を使った色鮮やかな銘仙などが登場するが、きものの格調の高さではやはり寛文小袖の時代には及ばない。そんな中では、久保田一竹による「辻が花」の復興を試みた一連の作品や、グラフィックデザインを友禅染に取り入れた森口邦彦、鍋島更紗(さらさ)の技法を現代的な感覚で再構成した鈴田滋人、紋紗(もんしゃ)の技術を使って天然染料の美しさを薄物の生地に色面構成した土屋順紀という3人の作家の小袖作品は目を引く魅力があった。

江戸時代の小袖の流行には、出版メディアが大きな役割を果たした。出品された「新撰御ひいなかた」は寛文7(1667)年に刊行された現存する最古の雛形(ひながた)本という。雛形本は文様、素材や染め、織りの説明文のほか、それを着た姿まで描かれていて、最新モードを紹介するファッション誌といえた。フランスで最初のファッション誌とされる『ル?キャビネ?ド?モード』の創刊が1785年なので、それよりも100年以上も前ということになる。

雛形本には「見返り美人」を描いた菱川師宣らの浮世絵師や、デザイナーともいうべき雛形専門の絵師らが腕をふるった。ヨーロッパでのファッションとアートのコラボレーションといえば、スキャパレリとダリのコラボが1930年代、サンローランのモンドリアン?ルックが1960年代のことだったので、それと比べるとずいぶん早かったといえる。

そんな江戸ファッションの、つまり和服の先進性は、第2次世界大戦の敗戦後は破れかぶれみたいなアメリカ文化の受け入れと共に洋装が本格的に一般化したことで、いわば塩漬けの状態になってしまった。現代という時代が行き詰まりに差し掛かって、長く続いたパリを中心としたファッションの新たな展開もあまり大きな望みを持てそうもない中で、和服のかつてののびやかな先進性をもう一度本格的に見直してみる必要があるのではないかと思う。

いま見直すべき「江戸ファッションの先進性」とは

「移り行く姿」高畠華宵筆 昭和10(1935)年=山本倫子撮影

会期は8月23日まで。混雑緩和のため事前予約制(日時指定券のオンライン予約が必要)。詳細は公式サイト。問い合わせはハローダイヤル03-5777-8600

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PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現?文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学?大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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